「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関する プリンシプル・コード(仮称)(案)」に関する意見

「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関する プリンシプル・コード(仮称)(案)」に関する意見の募集が行われました。そこで、弁護士齋藤理央個人の意見を以下のとおり提出いたしました。

「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関する プリンシプル・コード(仮称)(案)」に関する個人的意見

議論の前提は著作権をはじめとする知的財産権が自然権由来の社会契約により国家に信託された人権であるのか、創設された政策的権利であるかに左右されるように思われます。知的財産権高等裁判所は、2025年、特許権及び著作権についてそれぞれ、後者すなわち創設された政策的権利であると判示しています。
しかし、最高裁判所レベルの判示は未だ示されていません。また、世界人権規約は知的財産権を人権と位置付けているように思われます。実際に私は広範な差し止め請求権を発生させる知的財産権を人権的な根拠なく成立させることは難しいのではないかと考えております。また、米国最高裁判所がバンド名に関する商標権について表現の自由の保障対象としたことも想起されます。さらに純然たる財産権は置くとしても著作者人格権は人権と捉える論者も多いのではないでしょうか。
そうしますと、プリンシパルコードは知的財産権とAI開発事業者の営業の自由という人権調整の問題と捉える視点も無視できないものと存じます。
このとき、やはり、知的財産権を人権保障の問題と捉えるのであれば、Aiの提供するサービスにおいて知的財産権侵害を受けている、つまり、人権侵害を受けていることを訴求する余地を奪うことは重大な人権侵害を導き得るのかもしれません。
この事を否定できない以上、権利救済の余地を残す視点は個人的には極めて重要と考えます。また、Ai事業者においても、学習元をしっかり抽象的な世界に引き戻し、正当なサービスとして提供していることを証明する途を残すことは重要と思料されます。
以上から、Aiの学習元に一定の透明性を持たせるプリンシパルコードは重要性、必要性の高いものとして作成自体評価できるものと思料いたします。
手段の実効性についてはまさに今回のプリンシパルコードを叩き台に、実際に透明性を確保しながらAi開発事業者に不当な負担を負わせないものを追求していくしかないように思われます。ここはおそらく永遠の課題として今後も試行錯誤されていくのではないでしょうか。個人的にはこの調整について、容易ではないとは思います。しかしながら、このときやはり、知的財産権について、自然権由来の人権である可能性を否定しきれない以上、ある程度、その救済の余地に配慮したものにすることも念頭に置かれなければならないと思料されます。
そのうえで、当該目的のために最大限Ai事業者に無用な負担を負わせないものが望ましいのでは無いかと思いました。