土地改良事業
「土地改良事業」とは、土地改良法により行なう❶農業用用排水施設、農業用道路その他農用地の保全又は利用上必要な施設(以下「土地改良施設」という。)の新設、管理、廃止又は変更(あわせて一の土地改良事業として施行することを相当とするものとして政令で定める要件に適合する二以上の土地改良施設の新設又は変更を一体とした事業及び土地改良施設の新設又は変更(当該二以上の土地改良施設の新設又は変更を一体とした事業を含む。)とこれにあわせて一の土地改良事業として施行することを相当とするものとして政令で定める要件に適合する次号の区画整理、第三号の農用地の造成その他農用地の改良又は保全のため必要な事業とを一体とした事業を含む。)、❷区画整理(土地の区画形質の変更の事業及び当該事業とこれに附帯して施行することを相当とする次号の農用地の造成の工事又は農用地の改良若しくは保全のため必要な工事の施行とを一体とした事業をいう。)、❸農用地の造成(農用地以外の土地の農用地への地目変換又は農用地間における地目変換の事業(埋立て及び干拓を除く。)及び当該事業とこれに附帯して施行することを相当とする土地の区画形質の変更の工事その他農用地の改良又は保全のため必要な工事の施行とを一体とした事業をいう。)、❹埋立て又は干拓、❺農用地又は土地改良施設の災害復旧、❻農用地に関する権利並びにその農用地の利用上必要な土地に関する権利、農業用施設に関する権利及び水の使用に関する権利の交換分合、❼その他農用地の改良又は保全のため必要な事業を言います(土地改良法2条2項)。
土地改良区
資格を有する十五人以上の者は、その資格に係る土地を含む一定の地域を定め、その地域に係る土地改良事業の施行を目的として、都道府県知事の認可を受け、その地域について土地改良区を設立することができます(土地改良法5条1項)。設立後、資格を有する者は、土地改良区の組合員となります(土地改良法11条)。
こうして設立されるのが、その地区内の土地改良事業及び土地改良事業に附帯する事業行う(土地改良法15条1項、同2項)主体たる、土地改良区です。
土地改良区は法人とされ(土地改良法13条)、その名称に土地改良区という文言を入れなければなりません(同法14条1項)。
経費の賦課
土地改良区は、定款の定めるところにより、その事業に要する経費(第九十条第四項(第九十一条第四項及び第九十六条の四第一項において準用する場合を含む。)、第九十条第八項又は第九十一条第五項の規定により徴収される金銭を含む。)に充てるため、その地区内にある土地につき、その組合員に対して金銭、夫役又は現品を賦課徴収することができます(土地改良法36条1項)。
この経費の賦課徴収にあたって、紛争となることがあります。
土地改良区は、賦課金等若しくはこれに係る延滞金又はその延滞金以外の第三十七条の過怠金を滞納する者がある場合には、督促状により期限を指定してこれを督促しなければならず(土地改良法39条1項)、また、夫役現品の賦課を受けて定期内にその履行をせず、且つ、夫役現品に代るべき金銭を納付しない者がある場合又は夫役現品若しくはこれに代るべき金銭に係る延滞金を納付しない者がある場合には、督促状により期限を指定してこれを督促しなければなりません(土地改良法39条2項前段)。
この督促には民法百五十三条の規定にかかわらず、時効中断の効力が認められます(土地改良法39条8項)ので、忘れないように督促を行っておく必要があります。
なお、相続された場合、相続人が賦課金を払うのが原則ですが、相続が放棄された場合、賦課金を請求することは出来ません(民法939条)。
経費の賦課を巡る裁判例
土地改良区の経費負担を巡る裁判例としては、平成13年 3月22日高松高裁判決 (平10(行コ)5号土地改良区賦課金賦課取消等請求控訴事件)などがあります。以下、争点に関する裁判所判示部分を掲載しています。
一 争点1(受益の有無)について 1 土地改良法三六条一項の賦課の対象となる土地について 本件各賦課処分は、土地改良法三六条一項に基づき、一審被告の定款の定めにしたがってなされたものである。同法三六条二項は、同条一項の規定による賦課に当たっては、地積、用水量その他の客観的な指標により、当該事業によって当該土地が受ける利益を勘案しなければならない旨規定している。右規定は、同条一項による賦課処分の対象となる土地が事業によって利益を受ける土地であることを前提にしていると解される。しかし、同条一項による賦課の対象とすることができる土地は、当該事業によって現実の利益を受けている土地のみではなく、当該事業により利益を受け得る土地をも包含するものと解すべきである。 そこで、以下、右解釈に基づき、本件係争土地が一審被告事業によって利益を受け又は利益を受け得る土地といい得るかどうかを検討する。 2 一審被告補給水配水状況等について (一) 一審被告による係争三地区への補給水配水状況、一審被告による指定揚水設備制度と係争三地区における利用状況等についての認定事実は、出口ポンプ掛かり及び角部本線掛かりに関する事実を後記(二)、(三)のとおり補充するほか、原判決「事実及び理由」第三の二1(一)、(二)(六六頁一〇行目から七七頁六行目まで)記載のうち、一審原告らに関係する部分のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。 (1) 原判決七三頁三行目「上流地区において利用された水の余水が」を「上流地区からの流下水が」に改める。 (2) 同七三頁五行目から七四頁四行目までを削る。 (3) 同七五頁六行目「、その余水が」を削る。 (4) 同七五頁末行「乙三九」を「乙二四、三九」に改め、「四三」の次に「、四六、四七」を加え、「、七二の3」を削る。 (5) 同七六頁五行目末尾の次に次のとおり加える。 「右指定用水設備制度は、一審被告が昭和四五年に事業賦課金の一部について地積割りと水量割りを併用していた賦課金賦課基準を改め、例外規定はあるもののすべての賦課金を地積割りにすると変更した際に設けられたものであり、一審被告地区内にある指定水源(ため池・ポンプ等)を一審被告が一元管理して、その維持、稼働に要する経費を一審被告が負担し、用水受益の平準化を図ろうとしたものである。」 (6) 同七六頁七行目文頭から七七頁一行目「また、」までを削る。 (7) 同七七頁五行目「、余水となって」を削る。 (二) 出口ポンプ掛かりについて 右(一)の事実(原判決引用部分)並びに証拠(甲五四の8・9、七四、七五、乙九二、九四の1ないし20、一一三、証人M、同N、一審原告L本人、検証〔当審〕)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。 出口ポンプ掛かり付近の水路の状況は本判決別紙図面一の平面図(上図)に表示されたとおりであり、同図でA及びBと表示されている土地が一審原告L土地である。同土地は、その北側で水路(以下「北側水路」という。)と隣接しており、その東側にも水路(以下「東側水路」という。)が存する。北側水路は、同図面のとおり、その約九〇メートル西方において、町道に沿って南から北へ流れる水路(以下「西方本線水路」という。)と接続している。 西方本線水路及び東側水路には、前記(一)で引用した原判決「事実及び理由」第三の二1(一)の(3)②の三経路で配水される一審被告補給水が流入している。西方本線水路と北側水路との接続点には、現在段差と堰板が存在し、西方本線水路の流下水は、右段差と堰板を越えないと北側水路に流入しないようになっている。しかし、西方本線水路の右接続点以北の部分は、一審被告事業の完成後である昭和四七ないし四八年ころに延長されたものであり、それ以前は西方本線水路を流れる水は、右接続点を経て北側水路に流入していた。 一審原告L土地は、地盤が少し高くなっているため北側水路の水が自然に流入する状況にはないが、北側水路に堰板等を設置し水口を造れば、北側水路から取水することが可能である。このような堰上げによる取水は農家にとって一般的な方法である。なお、一審原告L本人は、北側水路に堰板を落とすと、右土地の西側にある別紙図面一の平面図表示の私道地中の排水路を通じて南側の土地(同平面図で八〇ー一と表示された土地)に水が溢れる旨供述する。しかし、右供述は、実際の経験に基づくものではなく、同一審原告の推測、意見に止まるものであり、乙九四号証の1ないし20の写真、図面に照らしても、北側水路に堰板を設置した場合に他の土地への溢水が避け難いとは認められない。 (三) 角部本線掛かりについて 前記(一)の事実(原判決引用部分)並びに証拠(甲八、乙六八、一〇六ないし一〇九、一一三、証人O、同M、検証〔原審及び当審〕)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。 第四土地改良区用水系統図は、原判決別紙図面5のとおりであり、角部本線掛かりは、一審被告補給水が流入する用水路と現在接続していない。また、過去にも一審被告補給水が水路等の導水設備によって角部本線掛かりの農用地に流入したことはない。 角部本線掛かりにおいて一審被告補給水を取水するためには、本判決別紙図面二のとおり、NO.4点からNO.7点にかけて約三八メートルの水路新設工事(あわせて約六〇メートルの勾配修正工事を行うことになる。)を行うことが必要である。一審被告の積算によると、右工事費用は二〇七万円(別途消費税相当額が加算される。以下の金額についても同じ。)となる。一審被告地区では、右工事のような末端地元水路工事はそれぞれの地区で行うこととなっているが、実際に右水路新設工事を行う場合の工事費用に対しては、愛媛県から四〇パーセント、一審被告から一〇パーセントの助成が見込まれる(右助成がされたときの地元負担額は一〇三万五〇〇〇円となる。)。さらにβ町から一〇パーセントの助成を受けることも不可能ではない(この助成がされれば地元負担額は八二万八○○○円となる。)。なお、仮に平成一一年一二月時点で角部ポンプを更新した場合の経費は、七〇五万円と見積られている。 3 本件係争土地における一審被告補給水の利用又は利用可能性 右2の事実によると、一審原告A両名土地には一審被告補給水が流入しており、同土地で現に利用されていると認められる。 また、一審原告L土地は、一審被告補給水が流入していないものの、一審被告補給水が流入する西方本線水路と接続する北側水路に農家にとって一般的な方法で堰上げをすることにより、北側水路から取水することが可能な土地であるから、一審被告補給水を利用し得る土地であるというべきである。なお、前示のとおり、西方本線水路と北側水路との接続点には、現在段差と堰板が存在し、西方本線水路の流下水は、右段差と堰板を越えないと北側水路に流入しないようになっている。しかし、右段差と堰板は、一審被告事業完成後である昭和四七ないし四八年ころに西方本線水路が北方へ延長されてから設けられたものであり、それ以前は北側水路に一審被告補給水が流入していた。したがって、現在右段差と堰板により西方本線水路を流れる一審被告補給水が北側水路に流入しないとしても、これは右水路を管理する末端地区の主観的事情に基づき、一審被告補給水が流入しないようにしたものに過ぎず、右段差、堰板の存在をもって一審原告L土地が一審被告補給水を利用し得る土地であることを否定することはできない。 角部本線掛かりについても、現在まで一審被告補給水が流入する水路と接続しておらず、一審被告補給水を取水するためには、前示のとおり約三八メートルの水路新設等の工事を行うことが必要である。しかし、右新設水路の長さが角部本線掛かりに張り巡らされた水路全体の長さに比べればごく僅かであることは、第四土地改良区の用水系統図(原判決別紙図面5)に照らしても明らかである。また、その費用についても、助成等が得られれば地元負担額は一〇〇万円前後にとどまり、仮に角部ポンプを更新した場合に要することが見込まれる経費七〇五万円と比較しても、これを負担することが困難であるとはいえない。したがって、右水路新設等の工事は、規模面でも費用面でも、一審被告補給水を取水するための方法として現実的なものというべきである。そうすると、角部本線掛かりについても、一審被告補給水を利用し得る土地であるということができる。 以上のとおり、本件係争土地は、いずれも一審被告補給水を現に利用しているか、あるいは現実的に可能な工夫や工事を施すことによりこれを利用することが可能な土地であるということができる。 4 一審被告補給水の有用性 一審原告らは、本件係争土地の属する係争三地区は、豊富な湧水によって十二分に灌漑が可能であり、同地区に流入してくる一審被告補給水は農業用水としての有用性がないから、一審被告補給水の流入が受益であるとはいえないと主張する。そこで、右主張に対する判断の前提としてまず本件係争土地の属する係争三地区の灌漑の現状についての事実関係を検討しておく。 (一) α地区の灌漑の現状等について 原判決「事実及び理由」第三の二2(二)(八二頁七行目から九二頁九行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。 (1) 原判決八二頁九行目「六六」の次に「、六八、七一、七二」を加える。 (2) 同八四頁三行目「第一、第二、小ポンプの三機」を「小ポンプ」に改める。 (3) 同八四頁末行「(但し、」から同八五頁一行目「補助している。)」までを削る。 (4) 同八五頁五行目「水の余水が」を「後の水が」に改める。 (5) 同八五頁九行目及び一〇行目を削る。 (6) 同八五頁末行から八九頁六行目までを次のとおり改める。 「(3) α地区への流下水の状況及び水利慣行 α地区の上流地区である第一土地改良区では、大正九年に同改良区が費用を負担して造成した大谷池を、大谷幹線水路(右池、水路の位置関係は原判決別紙図面3のとおり)とともに維持管理してきた。α地区と第一土地改良区との間では、一審被告が設立される以前に、大谷池の貯留水については同改良区が自由に取水でき、α地区は仮に水が不足した場合であっても分水を要求しないという水利慣行があった。そして、大谷池のひ門の開閉や大谷幹線水路からの取水は、もっぱら第一土地改良区における水利用のために調整管理され、大谷池の貯留水が意図的にα地区に分水されることはなかった。なお、第一土地改良区からの排水についても、α地区と第一土地改良区との間では、一審被告設立以前から、第一土地改良区が自由に排水でき、その承水をα地区は拒否できない慣行であった。 一審被告設立後も、α地区が第一土地改良区に対し、その取水及び排水の量及び時期等について、何らかの要請をしたり、苦情を述べたことはない。」 (7) 同九〇頁二行目「余水流入状況」を「流下水の状況」に改める。 (8) 同九一頁七行目文頭から九二頁一行目「なかったところ」までを次のとおり改める。 「 α地区では、一審被告が設立される以前から、地下水を利用して灌漑を行い、昔から一審被告地区内の他の地区が旱魃被害に遭った年でも被害に遭わなかったと伝承されてきたものであるところ」 (二) γ地区の灌漑の現状等について 原判決「事実及び理由」第三の二2(三)(九二頁末行から一〇二頁五行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。 (1) 原判決九五頁三行目及び四行目を削る。 (2) 同九三頁七行目から八行目にかけて「第一土地改良区」を「第一土地 改良区及びβ町第三土地改良区」に改める。 (3) 同九六頁五行目「水の余水が」を「後の水が」に改める。 (4) 同九六頁九行目及び一〇行目を削る。 (5) 同九七頁六行目から一〇〇頁八行目までを次のとおり改める。 「(3) γ地区への流下水の状況及び水利慣行γ地区は、かつて小松川の流水を自由に取水し、これを灌漑用水として利用していたが、大正初期に第一土地改良区が設立された際、同改良区が農耕期にγ地区より上流にある仏心寺堰を通じて小松川流水を自由に取水することを承諾した。以後は、仏心寺堰の維持費用はすべて第一土地改良区が負担するようになる一方、右堰はもっぱら同改良区の水利用のために調整管理され、同改良区が小松川流水を自由に取水するようになった。γ地区は、昭和二〇年代に第二土地改良区に対しても仏心寺堰よりさらに上流に設けられた本谷堰を通じて小松川流水を自由に取水することを認め、同改良区が小松川流水を取水するようになり、γ地区が利用する小松川流水は、右両改良区が利用した後の水となった。 また、第一土地改良区が管理する大谷池と大谷幹線水路の流下水についての同改良区とγ地区との間の水利慣行は、前示の第一土地改良区とα地区との間の水利慣行と同様である。 排水についても、γ地区は、第一土地改良区からの承水を拒否できない慣行であった。 一審被告設立後も、γ地区が第一土地改良区に対し、その取水及び排水の量及び時期等について、何らかの要請をしたり、苦情を述べたことはない。」 (6) 同一〇一頁二行目「余水流入状況」を「流下水の状況」に改める。 (7) 同一〇一頁九行目文頭から一〇二頁二行目「なかったところ」までを次のとおり改める。 「 γ地区では、一審被告が設立される以前から、地下水を利用して灌漑を行い、昔から一審被告地区内の他の地区が旱魃被害に遭った年でも被害に遭わなかったと伝承されてきたものであるところ」 (三) 第四土地改良区の灌漑の現状等について 原判決「事実及び理由」第三の二2(四)(一〇二頁七行目から一一一頁三行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。 (1) 原判決一〇五頁六行目「水の余水は」を「後の水は」に改める。 (2) 同一〇五頁一〇行目から一〇六頁一行目までを削る。 (3) 同一〇六頁九行目から一〇九頁四行目までを次のとおり改める。 「(3) 第四土地改良区への流下水の状況及び水利慣行 聖徳寺ポンプ掛かりは、かねてより、その地区内の湧水池に聖徳寺ポンプを設置し、維持管理してきた。第四土地改良区と聖徳寺ポンプ掛かりとの間では、一審被告が設立される以前に、右ポンプから取水した水については聖徳寺ポンプ掛かりが自由に取水でき、第四土地改良区は仮に水が不足した場合であっても分水を要求しないという水利慣行があった。そして、聖徳寺ポンプは、もっぱら聖徳寺ポンプ掛かりにおける水利用のために調整管理され、右ポンプ用水が意図的に第四土地改良区に分水されることはなかった。なお、聖徳寺ポンプ掛かりからの排水についても、第四土地改良区と聖徳寺ポンプ掛かりとの間では、一審被告設立以前から、聖徳寺ポンプ掛かりが自由に排水でき、その承水を第四土地改良区は拒否できない慣行であった。 一審被告設立後も、第四土地改良区が聖徳寺ポンプ掛かりに対し、その取水及び排水の量及び時期等について、何らかの要請をしたり、苦情を述べたことはない。」 (4) 同一一〇頁二行目「角部九号支線掛かりへの余水流入状況」を「第四土地改良区への流下水の状況」に改める。 (5) 同一一〇頁五行目「まして」から一一一頁一行目「なかったところ」までを次のとおり改める。 「 第四土地改良区では、一審被告が設立される以前から、角部ポンプを利用して灌漑を行い、昔から一審被告地区内の他の地区が旱魃被害に遭った年でも被害に遭わなかったと伝承されてきたものであるところ」 5 受益の有無についての判断 (一) 前記3のとおり、本件係争土地は、一審被告補給水を現に利用し、又は、利用することが可能な土地であり、このことをもって一審被告事業による受益があると評価することができる。 もっとも、右4の(一)ないし(三)で認定した事実によると、本件係争土地の属する係争三地区は、一審被告設立前から、主として、あるいは、もっぱらポンプを利用して汲み上げた地下水を水源として灌漑を行ってきたものであり、他の地区と比べて上流地区からの流下水に対する依存度は低く、本件係争土地にとって一審被告補給水の必要性が相対的に小さかったことは否定できないところである。 しかし、このことは、本件係争土地の受益の程度が低いことを意味するものではあっても、受益が存在しないことを意味するものではない。農地の灌漑に用いることができる水源として、単一のものでなく複数のものが存在することは、それ自体が有益なことということができる。仮に、一審被告事業開始前に係争三地区が地下水を利用できたため旱魃による被害を受けたことがなかったとしても、このことに変わりはない。揚水前の地下水は、都市開発、工場建設等の社会情勢の変化によって上流地域での地下水の揚水が増加すれば、地下水を従前どおり利用することが困難になるおそれを内包している。また、揚水前の地下水については、元来管理をすることができず、地下水を客体とする水利権の概念も成熟していないから、新たに上流地区での地下水利用者が出現し、そのため揚水できる地下水の量が減少したり地下水が枯渇したりした場合でも、そのことについて法的救済を得ることは極めて困難である。もとより、地下水を農地の近傍で揚水できる場合には便利であるし、浸透水であるが故に一時的な降水、渇水の影響を受けにくいなどの長所もあるが、他方で地下水利用には不安定な面が存在することも否定できないのである。したがって、従前から地下水が水源として存在する場合であっても、これに加えて性質の異なる水源である一審被告補給水が新たに利用できるようになることは、なお受益に該当するということができる。 なお、前記4(一)ないし(三)(原判決を補正して引用した部分)で認定したとおり、一審被告事業完成後であり、大旱魃といわれた平成六年においても、係争三地区は、さしたる旱魃被害を受けていない。しかし、証拠(乙一〇三の1ないし5、証人M)及び弁論の全趣旨によると、一般に水田においては一日当たりの水深で十数ミリないし二十数ミリの水量が地下へ浸透するとされていること、角部ポンプの湧水の水源としては一審被告補給水が流入する中山川の伏流水が大きいと考えられること、P愛媛大学農学部助教授の水収支モデルによる定量的解析(乙一〇三の2)によれば、δ地区における水田からの地下水浸透割合は、昭和五八年には全地下浸透量の約六〇パーセント、この内面河ダムからの補給水の関与割合は、灌漑期(六月ないし九月)における地下浸透量の約二四パーセントであったが、記録的な渇水年となった平成六年では全地下浸透量の約七一パーセント、この内面河ダムからの補給水の関与割合は、灌漑期における地下浸透量の約四二パーセントを占めるとされていることが認められる。そして、仮に右渇水年において面河ダムからの補給水がなければ、平野中央部で約四メートルの地下水位の低下が生じ、下流域への地下水流動量はほぼゼロになったであろうと分析されている。右事実のうち、地下水に対する面河ダムからの補給水の関与割合については一つの解析結果であり、その数値については異論がありうるとしても、係争三地区の背後地に当たる農地や中山川に流入した一審被告補給水が係争三地区の利用する地下水の涵養と安定に寄与したこと自体は容易に推認される。もとより、地下水や伏流水は管理が困難であって、一審被告補給水がその涵養に寄与していることを直ちに土地改良法三六条二項の受益とみることはできないし、一審被告もそのように主張するものではない。しかし、渇水年における右地下水涵養の事実に鑑みれば、仮に一審被告の事業がなかったとしても係争三地区が平成六年に何ら旱魃の被害に遭わなかったとは断じ得ないのであり、平成六年の旱魃の際に係争三地区が被害を受けなかったことから遡って、一審被告補給水を利用し又は利用し得ることが本件係争土地にとって受益に当たらないと解することはできないのである。 (二) 一審原告らは、水利規範として上流地区の自由な取水を制約して下流地区のために直接取水する権利が設定されていなければ受益の根拠たり得ないと解すべきであると主張し、この点は当審補充主張でも強調されている。 しかし、土地改良事業開始前に上流地区と下流地区との間で形成された水利慣行は、事業開始前の流水に関するものであり、その水利慣行の拘束力が新たに開発された用水に及ぶものではない。下流地区の組合員と上流地区との組合員との間で、土地改良事業に関する資格、権利に優劣はなく、従前の水利慣行の存在故に一審原告らの一審被告補給水に関する権利までが制約されると解する根拠はない。すなわち、新たに開発された一審被告補給水については新たな水利慣行が形成されることが期待されているのであり、その形成は地域間の自主的な水利秩序の問題である。この新たな水利秩序は各地区間の協議により形成されるものであり、一審被告がこれを調整する法律上の義務を負うものではない。したがって、新たに開発された一審被告補給水について、本件係争土地のために上流地区に対して一定の要求をなしうる水利慣行が未だ具体的かつ現実的なものとして形成されていないとしても、そのことをもって本件係争土地が受益地であることを否定することはできない。 また、証拠(甲六、証人O)によれば、一審被告は、昭和四七年五月、第一土地改良区との間で大谷池調整池利用に関する協定書(甲六)を交わし、同改良区から大谷池を調整池として利用することについて同意を得ていること、右協定書では同改良区が有する大谷池の既得水利権については従前のとおりとするが、一審被告補給水の調整池として利用するための施設および用水管理は一審被告の権限で行い、貯水及び配水操作は一審被告が委嘱した者が一審被告の指示に従って行うものとされていることが認められる。このように、一審被告は、第一土地改良区との間で、大谷池を調整池として利用し、第一土地改良区の下流地区(一審原告A両名土地の属するα地区が含まれる。)に一審被告補給水を配水することを可能ならしめる合意をしている。このことからしても、第一土地改良区とα地区との間に前示の一審被告設立前の水利慣行があるからといって、一審被告補給水に関してまで、α地区が第一土地改良区に対して何ら要求をなしえないものではないことが明らかである。なお、右協定に基づき実際に貯水及び配水操作の委嘱を受けるのは第一土地改良区の組合員であり(証人O)、右協定締結後、これに基づき現実に大谷池の貯留水が意図的にα地区に配水されたとは認められない。しかし、そもそも、α地区から用配水調整委員ないし地区配水委員によって一審被告に対し必要配水量を申告し配水の申し出をしたことがないというのであるから、現実の配水がされた実績がないからといって、α地区において右協定を根拠とした配水を受けられないことになるものではない。 (三) また、前記第二の四2(当審補充主張)の(一)(2)で援用される「費用対効果論」、すなわち、土地改良事業が一応完成し、その運営が開始した後に、なお現実の受益がない土地について、当該事業による将来的な利便の増進があるか否かを判断するにあたっては、右利便を現実化するめに必要な労力や費用等のマイナス面と、それによって増進が期待しうる利便性等を総合勘案してなおプラス面が勝るという場合に限って受益が認められるとする解釈論も、採用することはできない。土地改良法施行令二条は、土地改良法八条四項一号にいう土地改良事業の施行に関する基本的な要件を定めているが、その三号では「当該土地改良事業のすべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」とされている。すなわち、土地改良事業の費用対効果は事業計画を策定する時点で地区全体で考慮することとされているのであるが、土地改良法及び同法施行令において、個々の土地ごとに費用対効果を考慮することを想定したと解される規定はない。したがって、同法三六条二項の「当該土地が受ける利益」の解釈についても、右の個々の土地ごとの費用対効果を受益の要件とする根拠は乏しい。なお、原審受益否定土地では一審被告事業開始後三〇年以上にわたり、一審被告補給水を利用してこなかったのであるが、前記(二)で示したとおり、一審被告事業が完成したことにより、地下水が涵養され、係争三地区においてこれを豊富かつ安定的に使用できた可能性が認められるのであるから、これを所与のものとして現時点で費用対効果を論じることも相当でないというべきである。 したがって、一審被告事業開始後、水路等によって導水された一審被告補給水を現実に利用してこなかった原審受益否定土地についても、一審被告補給水を利用し得ることをもって受益があると評価するのが相当である。 (四) そうすると、本件係争土地は、いずれも一審被告事業による利益を現に受け又は利益を受け得る土地に該当するから、一審被告は、本件係争土地について土地改良法三六条一項に基づく賦課をなしうる。 二 争点2(裁量権逸脱の有無)について 1 土地改良区が組合員に対し土地改良法三六条一項による賦課を行うに当たっては、地積、用水量その他の客観的な指標により、当該事業によって当該土地が受ける利益を勘案しなければならないとされている(同条二項)。そして、右利益の程度の認定は、賦課を行う土地改良区の広範な裁量に委ねられ、明白に利益の認定を誤る等の裁量権の逸脱や恣意的に利益認定を行う等の裁量権の濫用がない限り、違法となるものではないと解される。けだし、右利益の認定は、具体的場面においては必ずしも容易でなく、農業生産、農業水利等に関する専門性・技術性を要するものである上に、賦課の基本となる経費の分担に関する事項は土地改良区の定款に記載することとされ(同法一六条一項五号)、その制定には土地改良事業に参加する資格を有する者の三分の二以上の同意(同法五条二項)、変更には総組合員の三分の二以上が出席し、その議決権の三分の二以上の議決を要し(同法三〇条一項一号、三三条一号)、いずれも都道府県知事の認可を受けることとされ(同法七条、三〇条二項)、かつ、賦課金の賦課徴収の方法は総会の議決事項であり、その議決には総組合員の半数以上が出席し、その過半数で決することとされており(同法三〇条一項六号、三二条一項)、法は、賦課処分権の行使について、都道府県知事の一定の監督のもとに、土地改良区の自主性を尊重しようとしていると解されるからである。 2 一審被告における賦課金賦課基準は、当初、事業賦課金のうち地元負担金ないし分担金相当額については地積割りと水量割りを併用し、その余の賦課金は地積割りとする旨定められていたが、昭和四五年に、例外規定はあるものの、すべての賦課金について地積割りにすると変更されたものである(前記第二の二の前提事実、原判決引用部分)。その際には、一審被告地区内にある指定水源(ため池・ポンプ等)を一審被告が一元管理し、その維持、稼働に要する経費を一審被告が負担する制度を設けて用水受益の平等化が図られている。そして、地積は、土地改良法三六条二項で例示として第一に挙げられている客観的指標であり、用水量の測定が容易でないのに比してその基準が明確であるから、一般的には右のような水源の一元管理の下で賦課金賦課基準を全額地積割りとすることにも一定の合理性があるといえる。 もっとも、前示のとおり、係争三地区では、ポンプによって地下水を揚水し主たる水源として利用してきたものであって、他の地区に比して、一審被告事業開始前から農業用水に恵まれており、一審被告補給水の必要性も類型的に低かったものである。このような事情を全く考慮に入れることなく、地積平等割りのみに基づき、本件係争土地に対する賦課金賦課処分を行ったとすれば、その処分に裁量権逸脱がないと断じ得るかどうかについては疑問が残るところである(ちなみに、係争三地区のポンプは一元管理の指定下にはなく、一審原告らがその費用を負担している。)。しかし、係争対象である本件各賦課処分は、本件訴訟が原審に係属中の平成九年に減額更正、すなわち一審被告補給水の流入がある一審原告A両名土地については通常賦課金の三〇パーセントの割合に、右流入のない原審受益否定土地については同一四パーセントの割合に、それぞれ減額された後のものであり、本件係争土地の受益の程度が類型的に低いことについてかなりの考慮が払われている。そして、賦課対象土地の受益の程度の認定は一審被告の広範な裁量に委ねられていることに鑑みれば、右減額を行った後に維持されている本件各賦課処分に裁量権逸脱があるということはできない。 なお、一審原告らは、東予市ε・ζ地区との対比において、本件各賦課処分の相当性を問題とする。しかし、証拠(甲三五、乙五一の1ないし3、八三の1・2、証人丹下勝)及び弁論の全趣旨によると、ε・ζ地区の農地は、一審被告から通常賦課金額の一四パーセントの賦課金賦課処分を受けているが、同地区は第四土地改良区より県営三号線幹線水路から遠方に位置し、海岸にも近い低地であること、ε・ζ地区内で、一審被告補給水が流入するε川から灌漑用水を取得している地域面積はかなり小さいことが認められる。右事情に照らすと、同地区との対比においても本件係争土地に対する本件各賦課処分が一審被告の前示の広範な裁量権を逸脱してなされた違法なものであるとは到底いえない。 3 したがって、本件各賦課処分に裁量権の逸脱の違法はない。また、裁量権の濫用も認められない。 三 争点3(本件各拒否処分の違法性の有無)について 前記一で示したとおり、本件係争土地は、すべて一審被告事業による利益を現に受け又は利益を受け得る土地に該当するものである。そして、一審被告の事業により利益を受けないことが明らかになったということもできない。したがって、一審原告ら(本件各拒否処分の相手方でない亡Qの相続人たる一審原告らを除く。)の地区除外申請を拒否した一審被告の処分に違法性はない。 |
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