相続放棄・限定承認

 被相続人に多額の借金がある場合、財産を相続したくないとき、相続放棄や限定承認の手続きをとることで、相続財産の全部(相続放棄)または一部(限定承認)を相続しないことができます。

限定承認、相続放棄の熟慮期間とその起算点

単純承認、限定承認、相続放棄は、三箇月(但し伸長を申し立てることが出来ます(民法915条1項但書))以内の熟慮期間内に行わなければなりません(民法915条1項本文)。三箇月の熟慮期間内に限定承認乃至相続放棄がされない場合は、単純承認をしたものと看做されます(民法922条)。したがって、熟慮期間は実際には、限定承認乃至、相続放棄を行うか否かを決定するための熟慮期間であり、かつ時間制限ということになります。

では、この三箇月の熟慮期間はいつから起算するのでしょうか。条文上は、自己のために相続の開始があったことを知った時と記載されています(民法915条1項本文)。しかし、下記の昭和59年4月27日最高裁判所第2小法廷判決は、「相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた…時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには…熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。」と述べています。

この相続財産には、下記判例に明らかなとおり、連帯保証債務などの「負債」を含みます。

 民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熱慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実及び本件記録上明らかな事実は、次のとおりである。
1 第一審被告亡甲山X(以下「亡X」という。)は、昭和五二年七月二五日、上告人との間で、Aの上告人に対する一〇〇〇万円の準消費貸借契約上の債務につき、本件連帯保証契約を締結した。
2 本件の第一審裁判所は、昭和五五年二月二二日、上告人が亡Xに対して本件連帯保証債務の履行を求める本訴請求を全部認容する旨の判決を言い渡したが、亡Xが右判決正本の送達前の同年三月五日に死亡したため、本件訴訟手続は中断した。そこで、上告代理人が同年七月二八日に受継の申立をしたが、第一審裁判所は、昭和五六年二月九日亡Xの相続人である被上告人らにつき本件訴訟手続の受継決定をしたうえ、被上告人Bに対して同年二月一二日に、被上告人Cに対して同月一三日に、被上告人Dに対して同年三月二日に、それぞれ右受継申立書及び受継決定正本とともに第一審判決正本を送達した。もつとも、被上告人Dは、同年二月一四日に被上告人Cから右送達の事実を知らされていた。
3 ところで、亡Xの一家は、同人が定職に就かずにギャンブルに熱中し家庭内のいさかいが絶えなかつたため、昭和四一年春に被上告人Bが家出し、昭和四二年秋には亡Xの妻が被上告人C、同Dを連れて家出して、以後は被上告人らと亡Xとの間に親子間の交渉が全く途絶え、約一〇年間も経過したのちに本件連帯保証契約が締結された。その後、亡Xは、生活保護を受けながら独身で生活していたが、本件訴訟が第一審に係属中の昭和五四年夏、医療扶助を受けて病院に入院し、昭和五五年三月五日病院で死亡した。被上告人Bは、同人の死に立ち会い、また、被上告人C、同Dも右同日あるいはその翌日に亡Xの死亡を知らされた。しかし、被上告人Bは、民生委員から亡Xの入院を知らされ、三回ほど亡Xを見舞つたが、その際、同人からその資産や負債について説明を受けたことがなく、本件訴訟が係属していることも知らされないでいた。当時、亡Xには相続すべき積極財産が全くなく、亡Xの葬儀も行われず、遺骨は寺に預けられた事情にあり、被上告人らは、亡Xが本件連帯保証債務を負担していることを知らなかつたため、相続に関しなんらかの手続をとる必要があることなど全く念頭になかった。ところが、被上告人らは、その後約一年を経過したのちに、前記のとおり、第一審判決正本の送達を受けて初めて本件連帯保証債務の存在を知つた。
4 そこで、被上告人らは、第一審判決に対して控訴の申立をする一方、昭和五六年二月二六日大阪家庭裁判所に相続放棄の申述をし、同年四月一七日同裁判所はこれを受理した。
右事実関係のもとにおいては、被上告人らは、亡Xの死亡の事実及びこれにより自己が相続人となつた事実を知つた当時、亡Xの相続財産が全く存在しないと信じ、そのために右各事実を知つた時から起算して三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたものであり、しかも被上告人らが本件第一審判決正本の送達を受けて本件連帯保証債務の存在を知るまでの間、これを認識することが著しく困難であつて、相続財産が全く存在しないと信ずるについて相当な理由があると認められるから、民法九一五条一項本文の熟慮期間は、被上告人らが本件連帯保証債務の存在を認識した昭和五六年二月一二日ないし同月一四日から起算されるものと解すべきであり、したがつて、被上告人らが同月二六日にした本件相続放棄の申述は熟慮期間内に適法にされたものであつて、これに基づく申述受理もまた適法なものというべきである。それゆえ、被上告人らは、本件連帯保証債務を承継していないことに帰するから、上告人の本訴請求は理由がないといわなければならない。
そうすると、原審が、民法九一五条一項の規定に基づき自己のために相続の開始があつたことを知つたというためには、相続すべき積極又は消極財産の全部あるいは一部の存在を認識することを要すると判断した点には、法令の解釈を誤つた違法があるものというべきであるが、被上告人らの本件相続放棄の申述が熟慮期間内に適法にされたものであるとして上告人の本訴請求を棄却したのは、結論において正当であり、論旨は、結局、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するものであつて、採用することができない。

 

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