声を上げた人を守るために――英国の重大事故から日本の公益通報者保護法へ

組織の内部には、外部からは見えにくい不正や危険に気付く人がいます。しかし、その人が解雇や降格を恐れて沈黙すれば、問題を是正する機会は失われます。警告が発せられても、組織が対応しなければ、危険は残ります。英国の公益開示法と日本の公益通報者保護法の制定経緯には、こうした問題意識が通底しています。

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英国における公益開示法制定の流れ

1987年、ヘラルド・オブ・フリー・エンタープライズ号が、ゼーブルージュ沖で転覆しました。英国下院図書館の資料によれば、職員は事故前から、船首扉を開けたまま出航する危険について繰り返し警告していました。扉の開閉を船橋で確認できる表示灯を設置する提案も対応されないままの状態で事故が起こりました。

翌1988年には、北海の海上油田施設パイパー・アルファで爆発事故が起きました。同事故の調査資料は、労働者が安全上の問題を提起することで、自分の雇用が危うくなることを恐れていたため危険な状態が共有されていなかったと指摘しています。現場で働く人にとって、危険を知らせる行為が、自らの生活を危険にさらす行為になっていたため、問題に蓋がされたまま事故発生に至りました。

同年のクラパム鉄道衝突事故でも、事故前に配線の異常に気付いていた監督者が、職場で波風を立てることを避け、問題を取り上げなかったことが指摘されました。1991年のBCCI破綻事件では、強権的な組織環境が、職員による問題提起を妨げていました。安全に関わる事故と金融不祥事という違いはあっても、内部の情報が適切な対応につながらないという問題は共通していました。英国下院図書館『Public Interest Disclosure Bill』1996年、33頁

これらの経験は、危険に気付いた個人の勇気だけに頼ることの限界を示しています。通報によって職や将来を失うおそれがあれば、人は発言をためらいます。問題を早期に発見するためには、情報を持つ人が安心して声を上げられる条件を整える必要があります。

英国では、1993年に設立されたPublic Concern at Workなどが、通報者への支援と法整備を進めました。複数の先行法案を経て、Richard Shepherd議員が提出した法案は、政府や労使双方の支持を得ました。こうして、1998年7月2日に公益開示法〔Public Interest Disclosure Act 1998〕が成立しました。下院委員会議事録・1998年3月11日、公益開示法・制定時条文

同法は、1996年雇用権法を改正し、一定の通報を行った労働者を、解雇その他の不利益取扱いから保護する仕組みを設けました。同制度は、通報者の雇用上の保護を通じて、社会に被害を及ぼす不正や危険の是正を促す制度です。組織内部での解決を促しながら、指定された監督機関や、一定の条件を満たす報道機関等への通報も保護しました。通報先に応じた保護要件を設けることで、公益の実現と正当な秘密保持の利益との調整を図ったのです。貴族院議事録・1998年5月11日、889~891欄

日本における公益通報者保護法制定の経緯

日本でも、2000年代初頭に、食品偽装や自動車のリコール隠しなど、消費者の安全や信頼を損なう不祥事が相次ぎました。その多くは、企業内部の労働者や取引先などからの通報を契機として明らかになりました。組織の内部や周辺にいる人が持つ情報は、不正の発見に重要な役割を果たしていたのです。消費者庁「公益通報者保護法の制定の経緯」

一方、通報者は、勤務先や上司の意に反して情報を伝えることで、不利益を受けるおそれがありました。日本には、解雇権濫用などの一般法理によって通報者を保護する余地が既に存在していました。しかし、通報を考える労働者にとって、自分がどのような場合に保護されるのかを見通すことは容易ではありませんでした。そこで、保護される通報の要件と効果を法律で明確にすることが課題となりました。衆議院内閣委員会議事録・2004年5月14日

この制度設計に当たり、日本は英国の公益開示法を参考にしました。2004年6月2日の参議院本会議で、竹中平蔵国務大臣は、外部通報の保護要件について「英国の公益開示法を参考として立案した」と説明しています。消費者庁も、英国法が通報者の保護を分野横断的に定めていたことや、通報先に応じて保護要件を設けていたことを、日本法の制定に際して参考にしたと説明しています。参議院本会議議事録・2004年6月2日、消費者庁検討会議事録・2024年5月7日、7~8頁

日本の公益通報者保護法は、国内の不祥事を背景に、英国の先行制度を参考として具体化されました。同法は2004年6月14日に成立し、同月18日に公布され、2006年4月1日に施行されました。通報先を事業者内部、権限を有する行政機関、その他の外部通報先に分け、それぞれの要件を満たす通報について、解雇の無効や不利益取扱いの禁止などを定めました。衆議院・法律案等審査経過、消費者庁・施行までの経緯

制定当初の日本法第1条は、公益通報者の保護とともに、国民の生命、身体、財産その他の利益を保護する法令の遵守を目的として掲げています。通報者を守ることと、その通報によって社会の被害を防ぐことは、法律の目的の中で結び付けられているのです。公益通報者保護法・第1条(2020年改正前)

英国の事故や不祥事が示した問題は、危険を知る人がいても、その情報が是正につながらないことでした。日本の不祥事は、内部や取引先からの通報が、被害の発見と是正に果たす役割を示しました。この歴史に照らせば、通報者を保護し、通報された事実を調査し、必要な対応につなげることは、組織と社会の安全を支える取組みといえます。

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