スキューバダイビング中の事故と刑事責任

スキューバダイビング中に発生した不慮の事故について、業務上過失致死傷罪の成否などが問題となるケースがあります。

無罪の事例

平成26年 5月15日札幌地裁判決(平24(わ)670号 業務上過失傷害被告事件)においては、被疑者に過失はないものとして無罪判決が言い渡されています。

すなわち、同判例は、「以上の次第で,検察官の立証は,予見可能性,注意義務,結果回避可能性ないし因果関係のいずれの面においても,不十分であるというほかない。したがって,被告人には本件傷害について過失があったとは認められず,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする」と結論付けました。

事案における争点は,①「被告人が,甲が口の中に水が入っても誤飲しないで空気を吸うこと(以下「気道コントロール」という。)をできずに溺水するおそれのあることを予見できたかどうか(争点1)」,②「被告人が,甲と互いに組になって行動するバディを組んで同人を1メートル以内に置き,5ないし10秒に1回,同人の目の状態及び水中サインに対する反応速度等を確認すべき注意義務があったかどうか(争点2)」,③「被告人が上記の注意義務を尽くしていれば,公訴事実記載の傷害(以下「本件傷害」という。)の結果が生じることを回避できたかどうか(争点3)」という3点となります。

裁判所はいずれも否定しました。

予見可能性(争点1)

裁判所は、「甲のエントリー失敗時の動静からすれば,気道コントロールのスキルが不足しており,ダイビングを継続すると溺水するおそれがあると考えるべきであり,これはインストラクターの資格を有する者であれば当然に判断できることであるという主張は,十分な根拠が示されているとはいい難い。それゆえ,甲がエントリーに失敗してパニック状態に陥り,リカバリできなかったことは,予見可能性を判断するに際し,それほど重要な事情になるとはいえない。…以上の検討に加え,甲がエントリーに失敗した後,被告人に身体をホールドされながらではあるが,特に問題なく海底まで潜降したことも併せ考慮すると,検察官が主張する前記(ア)ないし(ウ)の事情によっては,被告人において,甲にダイビングを継続させた場合,同人が気道コントロールをできずに溺水するおそれのあることを予見することができたと認めることはできないというべきである」と述べています。

注意義務違反の成否(争点2)

自らバディとなるべき注意義務違反があるか

裁判所は、「バディの組合せ自体よりも,ガイドダイバーとしてダイビング客の動静に対してどのように注意を払うべきであるかということがより重要というべきであるから,ガイドダイバーに求められる注意義務として自ら甲とバディを組むことが必要であるとはいえない」と述べて、自らがバディになる義務はないとしています。

海中での動静監視義務

裁判所は、「被告人が,甲の動静について,海中で進行を開始した当初は大体5秒に1回程度,甲の様子が落ち着いてきた後は10秒に1回程度,確認していたことが否定できない」という判断を前提にして、「被告人において,海中を進行中,三,四メートル程度の距離を保ちつつ,甲の排気の泡の状態や泳ぎ方,うかがうことのできる表情等を基に異状がないかどうか確認,判断することを超えて,甲とバディを組んで同人を1メートル以内に置き,同人の目の状態及び水中サインに対する反応速度等を確認すべき注意義務があったということはできない」と判断しています。
 

結果回避可能性について(争点3)

裁判所は、被告人が被害者である甲と「バディを組んで同人を1メートル以内に置いて,同人の目の状態及び水中サインに対する反応速度等を確認していたとしても,甲の異状に気付けていたはずであるとは認められないし,何らかの異状が生じた時点において,即座に被告人が対処していたとしても,甲が溺水に至っていた可能性も残るから,仮に被告人が検察官主張の注意義務を果たしていたとしても,甲に生じた本件傷害の結果が回避できていた可能性は必ずしも高くはなく,ましてや高度の蓋然性があるとはいえない」と判断して、検察官の主張する注意義務を仮に果たしていたとしても、結果を回避できた蓋然性は認められないとしています。

以上の検討を経て、過失責任は否定され、被告人は無罪と判示されています。