クリエイターと交通事故

クリエイターは技術の習得中であるなど収入が不安定なこともあります。また、クリエイターとして大きく成功していれば収入額も高額になる場合があります。では、クリエイターの場合、交通事故の損害賠償金算定の休業損害や逸失利益算定の基礎となる基礎収入などは裁判例でどのように評価、認定されているのでしょうか。

32歳CGクリエイターが重度の後遺症を負った事案

平成29年 3月30日神戸地裁判決(平成26年(ワ)1026号 損害賠償請求事件)は、CGクリエイターを目指していた交通事故当時32歳の男性について、2億2686万1881円の損害賠償金及び遅延損害金の支払いを認めた事案です。

裁判所の認定によると、「原告…は…大学卒業後,…株式会社に入社し,平成18年には同社のベースマネージャーとして405万9919円の所得を得てい」ました。

そして、「原告…は,会社から慰留されつつも,学生時代からの夢であったコンピューターグラフィックスのクリエイターを目指して,平成19年3月,同社を退社し,同年4月,専門学校…に入学し,平成20年3月に卒業してい」ます。

また、「原告…は…ティーチングアシスタント業務を依頼されるなど,その将来性を評価されてい」ました。

裁判所は、「これらの事情からすると,原告…には稼働意思と能力があるといえ,基礎収入を認定するに際しては,現在のアルバイト収入を基準とすべきではなく,原告…には,男子大学卒の平均賃金を得られる蓋然性が認められるから,症状固定時の賃金センサス平成24年男子大学卒全年齢平均の648万1600円を基礎収入として,67歳までの32年間の逸失利益を算定すべきである」との原告主張に概ね沿った基礎収入の認定をしています。

すなわち、「証拠…及び弁論の全趣旨によれば,原告…は…大学商学部を卒業し,同年4月,…株式会社に入社し,平成18年には同社から405万9918円の収入を得ていたこと,平成19年3月,慰留されつつも同社を退職し,高校時代から興味を持っていたコンピューターグラフィックスのクリエイターを目指して,同年4月に,…専門学校…に入学し,平成20年3月に卒業するまでの1年間,同校のCG・映像クリエイター専攻コースで学んだこと,同校卒業後(卒業時点では30歳)は,…ティーチングアシスタント業務委託契約に基づき,ティーチングアシスタント業務を行い(1コマ〈60分〉900円),平成21年は講師料として92万3815円の収入を得ていたこと,平成21年7月1日から…委託業務(IT関連事業の普及,推進,宣伝,作品制作,デモンストレーション〈コンピューターグラフィックスを含む。〉等)を行っていたこと,平成21年7月1日から同年12月31日までに業務委託費として67万円の収入を得ていたことが認められる」ことに鑑みて、「基礎収入について検討すると,原告…は,本件事故当時32歳であり,確かに本件事故の時点ではコンピューターグラフィックスの専門分野における経験等が乏しいという事情はあったものの,卒業した専門学校のティーチングアシスタントや…業務を通じ,その専門性を高めていたとも評価できること,4年間勤めた会社においては,平成18年時点で,賃金センサス平成18年男子大学卒25歳~29歳の平均賃金である438万6400円とさほど相違のない収入を得ていたこと,29歳で退職してから本件事故まで3年程度しか経過していないことなど,…就労意思と就労能力に関する事情も併せて考慮すると,本件事故時点における原告…の収入額は,上記のとおりの転職準備に伴う一時的なものであると評価することが相当であって,将来的には賃金センサス平成24年男子学歴計全年齢の平均賃金である529万6800円の収入を得る蓋然性が認められるから,逸失利益の基礎収入は529万6800円とするのが相当である」と判示しています。

そのうえで、67歳までの労働能力喪失率100%の重度の後遺症の逸失利益について逸失利益8370万3211円を損害として認定してます。

作家の休業損害474万6896円が認容された事例

平成29年 8月29日東京地裁判決(平28(ワ)19043号 損害賠償等請求事件)では、作家の休業損害について、裁判所は、「証拠…及び弁論の全趣旨によれば,原告は作家であり,原告の平成24年の事業所得は413万8503円であったが,本件事故後ほとんど執筆ができなくなったため,平成25年の事業所得は60万8393円の赤字となったことが認められる。よって,本件事故による原告の休業損害として474万6896円を認めるのが相当である」と判示して、474万6896円の休業損害を認めました。

写真家のロケハン費用・演出料・著作権料などが損害として認定された事例

平成18年 7月19日東京地裁判決(平17(ワ)7656号 損害賠償請求事件)は、写真家の交通事故被害について、ロケハンや著作権料などを損害として認定した事例です。

ロケハン費用の損害認定について

「原告は、…写真専門学校中退後、カメラマンとして活動し、カタログ用商品写真の撮影やコマーシャル用のスチール撮影を行い、日本広告写真家協会賞に入賞したり、読売新聞広告大賞銀賞を受賞し…世界的に著明なミュージシャン、ヴァイオリニスト、ピアニスト等の撮影も行っていた」写真家でした。


「原告は、ロケハンを行うに際しては、自ら撮影候補地に赴いて撮影場所を選定し、選定した撮影場所において、映像コンテンツのシナリオ台本として写真を撮り、その撮影場所の明暗等についてメモを作成し、それらを基にその撮影時間、方法等を撮影スタッフと打ち合わせて、撮影に入ることとしてい」ました。
 

そして、「原告は、本件契約において、本件DVDのシナリオ作成、ロケハン、演出等を行うことになっており、平成一五年一一月には撮影を開始し、平成一六年一二月二四日までに撮影・編集を終了し、本件DVDを本件制作会社に納品することになっていた。また、原告は、本件契約において、本件制作会社より、演出料(以下「本件演出料」という。)として同年五月三一日に六〇〇万円を、本件DVDが納品された際に六〇〇万円をそれぞれ受け取り、また、著作権料(以下「本件著作権料」という。)として本件DVD販売高の〇・八%の金員を受け取ることになっていた」事案でした。

原告は、平成一五年一一月一二日から同月一五日まで、本件契約に従い、本件舞踏家主演で本件DVDの「秋編」の撮影を行った。その後、本件撮影会社で編集作業が行われ、上記作品が完成した。その後、原告は、アメリカ合衆国在住の著名な本件音楽家に対し、上記作品及び本件映像コンテンツ等を見せ、本件計画を説明したところ、本件音楽家は本件DVDにオリジナル曲を作曲すると約束した。
 原告は、平成一六年…四月九日に会議を開催し、同年六月までに撮影場所を決定するとともにシナリオ台本・絵コンテを作成し、同月から撮影を開始し、同年一二月に編集を終了し、本件音楽家に本件DVDを送付して作曲を開始してもらい、平成一七年三月には本件DVDを完成させるというスケジュールが確認され、上記スケジュールにより、原告は平成一六年四月から五月にかけてロケハンを行うことにな」っていました。ところが、「原告は、本件事故により、前提事実(2)記載の傷害を負った」ところ、「原告は、平成一六年四月三日から同月七日に本件制作会社従業員が運転する車でロケハンに行ったが、上記傷害に基づく背中、腰及び足の痛みにより歩行が困難なため、原告が従来行っていたロケハンのように行きたい場所に行って写真を撮ることはでき」ませんでした。
 また、「同年四月一〇日から同月一一日にかけて、本件DVD制作のためのロケハンが行われ、原告は、同日、本件舞踏家と一緒にロケハンを行い、同人に撮影場所の了解を得」ましたが、「原告は、その後、ロケハンに行き、写真撮影をして台本を作り、本件舞踏家と電話で打合せを行う等の作業を行わなければならなかったが、上記疼痛のために上記作業は進」みませんでした。
 これをうけて、「本件制作会社は…同年五月二六日、原告に対し、本件契約を解除して本件計画を一旦中止し、原告の健康回復を待って、再度、本件舞踏家及び本件音楽家とのスケジュールを調整して本件計画を進める旨を通知し」ました。
 そして、「原告は、同月二一日、本件制作会社より、同年四月三日から同月七日及び同月一〇日から同月一一日のロケハン費用合計四八万〇〇四一円、同月九日及び同月一四日の打合せ費用九万九〇四二円、同年六月六日から同月七日までの京都における打合せ費用一二万五〇七五円の合計七〇万四一五八円の支払請求を受けた」という事案です。
裁判所は、「上記…認定事実によれば、原告は、本件事故による傷害に基づく疼痛で本件DVD制作のためのロケハン、シナリオ台本作成等を予定時期までにできなくなり、そのために本件契約を解除され(以下「本件契約解除」という。)、その後、本件計画を再開することは、本件舞踏家及び本件音楽家の参加が望めず、事実上不可能になったといえる」と評価しました。そのうえで裁判所は、「そして、本件契約解除は、本件事故に基づく原告の傷害に起因するものといえ、履行遅滞に基づく解除と評価しうる。以上によれば、本件制作会社が、本件契約解除に基づき、原告に対し、損害賠償を求めることは可能であるといえ、その損害賠償債務については本件事故による原告の損害と評価しうる」と判断しています。
 そのうえで、「本件事故と相当因果関係のあるものは、原告が本件制作会社から支払請求を受けた同年四月三日から同月七日及び同月一〇日から同月一一日のロケハン費用合計四八万〇〇四一円とするのが相当である」と結論付け、ロケハンの費用を交通事故に基づく損害として認容しました。
 

演出料 

上記事例では、一〇八〇万〇〇〇〇円の演出料についても認容されています。

すなわち、「原告は、本件事故による傷害による疼痛で本件DVD制作のためのロケハン、シナリオ台本作成等を予定時期までにできなくなり、そのために本件契約が解除され(本件契約解除)、その後、本件計画を再開することは、本件舞踏家及び本件音楽家の参加が望めず、事実上不可能になったといえ、本件契約解除は、本件事故に基づく原告の傷害に起因するものといえる。そして、原告は、本件契約解除により、本件演出料一二〇〇万円の支払を受けることができなくなったといえる」と判断しました。
 一方で「原告は、本件契約解除によって本件契約によって生じたであろう上記打合せ費用の負担を免れたといえるところ…その免れた費用は少なくとも一二〇万円であったといえる」として、「以上によれば、上記支払を受けることができなかった本件演出料一二〇〇万円から上記免れた費用一二〇万円を控除した一〇八〇万円をもって、本件事故との間に相当因果関係がある損害といえる」と判示しました。

著作権料 

さらにこの事例では、著作権料三〇万〇〇〇〇円が損害として認容されています。
 すなわち、「認定事実によれば、原告は、本件著作権料として本件DVDの販売高の〇・八%を受け取れることになっていたことは認められるものの、本件証拠によっても、原告が主張する六〇〇〇円という単価で二万枚という販売高が達成できた蓋然性を肯定することはできない。しかし、本件DVDの内容にかんがみれば、一定の販売高は達成していたであろうといえるので、本件事故と相当因果関係のある損害としての本件著作権料は、控えめに算定して、三〇万円とするのが相当である」との判断のもと、30万円の著作権料が損害として認定されました。